大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(う)1160号 判決

本件控訴趣意には量刑不当の主張を含まないが,事案の特殊性,重大性にかんがみ,職権をもつて調査するに,被告人諸橋に対する原審量刑は,その理由として説示するところに徴し,これを肯認するのが相当であり,更に原判決後に生じた諸般の情状を考慮してみても,これを変更すべきものとは考えられない。

すなわち,本件は,被告人諸橋が被告人松本と相謀り,自宅で就寝中の夫A男にガスを放出してこれを殺害したうえ,死体を浴室に運び入れて事故死を擬装し,それが発覚することなく3年有余が過ぎた後,自分の店で働くホステスの田口美代子が内縁の夫であるB男から逃れる術を思いあぐねているのを見かねて,A男殺害の犯行が完全犯罪に終わつたことを打ち明けて同女にB男殺害の決意を促し,同女と相謀り,また被告人松本及び荒井一郎をも順次仲間に抱き込み,右B男を言葉巧みに深夜の東京湾カーフエリー埠頭に誘い出し,絞頸によりこれを殺害したうえ,その死体を車とともに埋立地内の草叢の中に放置して遺棄したというのである。原判決も説示するように,4年にも満たない年月の間に最も人倫に悖る殺人の罪を1度ならず2度までも重ねた点が特に注目に値するのであつて,このこと自体に徴し極めて強い非難に値するものといわなければならない。そして,2個の殺人行為の間に数年という時の経過が存することが却つて,激情にかられあるいは特異な心理状態の下に複数の殺人を反復した事案に比し,犯人の悪性の強さを窺わせるものということができる。しかも,各犯行は,いずれも事前に冷静かつ周到に用意され,かつ,着実に実行に移され完結を見た計画的殺人であり,その手段方法及び態様は,非情このうえもない冷酷なものである。すなわち,原判示第1の犯行は,被告人諸橋がごく普通の行楽を装いながら夫を疲れさせるためにドライブ旅行に連れ出し,帰宅後自宅でガスを放出して夫を殺害したというものであり,被害者であるA男は,本来最も安全な憩いの場であるべき自宅の部屋で疲れた身体を横たえて就寝中,無残にも充満するガスの中に1人曝されて最期を遂げたのである。被害に遭遇した当時,同人は既に愛人との関係を清算し,1度は壊れた家族との絆を取り戻そうとしていた矢先のことであり,よもや妻の手によつてその一命を奪われようとは夢想だにしなかつたと思われる。また,原判示第2のB男に対する殺人も,被告人諸橋が中心となり,様々な殺害手段を思い巡らし,そしてガスによる殺害方法を再三に亘り準備しあるいは現に実行に移し,それが失敗に終わるや,次に被害者を車ごと海中に投棄することを企て,入念な下見と謀議を繰り返した末,結局殺害手段を更に変更して,深夜のカーフエリー埠頭にB男を誘い出し,睡眠薬を混入したドリンク剤を飲用させて眠らせたうえ,絞頸によりこれを殺害して遂にその目的を遂げたというのである。B男もまた,被告人諸橋らにその生命を狙われているとは最後まで少しも疑わず,現に同被告人や田口美代子らによつて犯行が行われているのに,断末魔の苦しみの中で必死に「美代子」の名前を叫んでその救いを求めつつ絶命したというのである。B男殺害に向けての被告人諸橋の執念の凄まじさはまことに鬼気迫るものがあり,その犯行態様の残酷さには戦慄すべきものがある。各犯行の背景には,被害者の側にもそれぞれ責められるべき行状のあつたことは否定できないにしても,その当時の自らの行状を省みれば,被告人諸橋にせよ田口にせよ,被害者らの女性関係を一方的に非難できる立場になかつたことも否定し難いところであろう。そして,いずれの犯行も被告人諸橋の極めて短絡的でしかも利己的な発想に端を発したものであることは,前説示の事実関係に徴しても既に明らかというべきである。とりわけ,各被害者殺害の目的のうちには,既に説示したように金銭取得の意図が込められていたことにもかんがみれば,各犯行の動機に酌量の余地はないものといわなければならない。そして更にいうならば,被告人諸橋の口から夫A男に対する謝罪の言葉は,原審及び当審公判廷を通じ遂に一言も発せられなかつたのである。なお,当審における事実取調べの結果によると,B男の遺族に対し原審段階において既に200万円が慰藉料として支払われていたが,当審において長男の尽力により更に124万円が追加して支払われ,一層手厚い慰藉の措置が講ぜられるのに従い,その遺族から寛大な刑を希望する旨の嘆願書が改めて提出されるに至つたことが認められる。右の事実のほか,同被告人が女性であることを含め,原判決も説示する同被告人に有利な諸事情を最大限斟酌してみても,その責任はあまりにも重大であり,最高度の非難を免れない。いうまでもなく,死刑の選択は慎重の上にも慎重に行われるべきものであるが,死刑制度を存置する現行法制の下では,叙上説示の諸般の情状に照らせば,同被告人の罪責の重大であることに徴し,罪刑均衡の見地及び一般予防の見地に立つて考察してみても,やはり極刑をもつて臨むほかないとした原判決の結論は,まことにやむを得ないものとして維持するのが相当というべきである。

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